Home

いそいそフォーラム10周年記念研修会

1泊2日のいそいそフォーラム10周年記念研修会に参加しました。いそいそフォーラムはISOマネジメントシステムを主な話題とするメーリングリストで、今回はその設立10周年の祝う記念イベントです。研修会に参加して、印象に残った言葉を報告しておきます。

「監査三分割」
え"...iso??さんの、自組織におけるマネジメントシステムの発展経緯を解説する中での発言。「秋の監査で次年度に改善するように指摘していた。だが、その翌年、担当マネージャーが異動してしまい、また同じ指摘をすることになった。そこで監査を三分割することにした。これまで1年に1回やっていた監査を時期をずらして三分割して実施する。例えば第1回目は計画だけをみる、第2回目は実施をみるとか・・・」パートやアルバイトが重要な戦力で、人の入れ替えも多い会社には有効な方法ではないでしょうか。監査を分割する。いいアイデアだと思います。

アウトソーシングする日本の食品企業の値段叩き」
ヒロさんの食品の安全と安心の話。盛りだくさんの話でしたが、特にアジアにおける生鮮食品の製造現場や流通の実態報告は、この分野の知識が浅かっただけにショックでした。中国の食の安全を脅かす背景の1つに
アウトソーシングする日本の食品企業の値段叩きあり! 何よりもプレゼンを通して、ヒロさんの真っ直ぐな考え方、姿勢に感銘を受けました。

「組織の有効性審査と組織に有効な審査」

2日目のパネルディスカッションのパネラーの1人、迷える仔豚さんの発言。「『組織の有効性審査
は、規格があり基準がある話なので、こちらは問題ないが、組織に有効な審査となると、誰にとって有効な審査なのか、組織側か、それとも審査側、そこがわからない。審査が有効かどうかは組織が判断するんであって、審査側が有効だと思ってやると余計なお世話になる。が入れ替わるだけで大違い」来る途中の新幹線の中でこの定義を書いたそうですが、見事です。通常、有効性を論ずる場合、この2つをごちゃまぜにして議論する場合が多いですから。

「役に立とうとしてしゃべっていたのではなかった」
迷える仔豚さんの定義を説明しようとすると、普通は低劣な審査事例を出さざるをえないのですが、同じパネラーグループのイソハドーグさんが語った事例は、その点、優雅でかっこよかったですね。「我々にとって役に立った審査もあるが、それは(審査)報告書に書いてあるものではない。審査中、審査員と一緒に歩きながらした会話の中に役に立つものがあった。だが、そのとき審査員は別に役に立とうとしてしゃべっていたのではなかったと思う」
コメント(9) | トラックバック(1)

トラックバック(1)

トラックバックURL: http://www.yusakunakao.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/3579

ISO9001、14001、27001などのマネジメントシステムについて「いそいそフォーラム」というメーリングリストがあります。このメーリングリストが設立... 続きを読む

コメント(9)

仔豚@チューゴクです。

お褒めの言葉ありがとうございます。自分自身が判ってなかったことが、こういう形で表現する事で明確できるというのは本当にいい機会になったと思います。

実は、夜明け前に「お告げ」が有って、布団の中で5枚分ぐらいのストーリーをほぼ構築していたものを新幹線で仕上げた作品です。
隣に座っていた人は奇妙に思った事と思います。なにやら難しそうな話の割りに「ピンクのハートマーク」やらが出まくってましたから(^0_0^)

「相手にとって役に立つか」は押し付けにならないようにするという相当なテクニックが必要ですね。

最近10kg以上の減量をしましたが、「どうやったの?」と聞かれれば「毎日5km近く走ることです」と情報提供はできるでしょう。また下腹の出た人に「事実」として「摂取カロリーより消費すれば痩せますよ」という事も言えるでしょう。
けれど、「毎日5kg走りなさい。それがアナタにとって有効な事です」ってことは言えません。

人それぞれに事情もあるし、走りたくっても走れない人もいますから。走れないことが判っていて「聞き流せる」ことが出来る人はまだ救えますが、真に受けて走ってしまって「詰まっちゃった」で半身不随になられても困るし、責任も取れないですよね。

「バナナが良い」って事になれば店頭からバナナが無くなるのがある意味日本の最頻値であって、Standerdってそのレベルが対象なんだろうからなぁって気もします。

だから、アドバイスは、責任が取れる範囲で情報として提供をするのが限界で、それを「審査」としてやると非常に危険だなぁって思います。

・・・・「顧客にとって有効な審査」っていうのがありますよというご意見ごもっともです。ただ、顧客にとって有効であるべき内容が規定されているのが規格なんだろうなぁ。って思います。規格に表せ切れていない部分は業界一般論として情報提供いただくことも必要ではあると思います。

イソハドーグ@趣味はこのブログへのカキコです。

『優雅』という思いがけない言葉をいただき、恐縮です。(ホンネでは、エッヘン!) さっそく辞書で調べたら、英語では『elegant』です。でも優雅、特に『雅(みやび)』というニュアンスは、『elegant』では表現できないかなぁ。日本文化だぁ!
さて、述べたとおり、審査が役に立つという受動的な考えより、審査を役にたてる、審査の弊害を防ぐという主体性をもって考えるのがいいと思うし、実際そうなるでしょう。
TOMOさんが、有効性にしても基準に対しての指摘が審査というコメントされてました。そのとおりだと思います。まだ認証機関さんは基準をもってやってくださると思いますが、実は一番困るのが、社内のエライ方の点検とかパトロールってやつで、エライ方の思いつきによるコメントです。何の基準もないけど、エライ方の御言葉なのでそれなりの扱いもしなきゃいけない。パトロールがあるよということで、掃除をしただけなのに、エライ方は見ただけでサンプリングもせず『5Sができてます』などという。『1Sができてます』でしょう。いるものといらないものの区別ができてることや、習慣化など、他の4Sができてることがどうしてわかるのだろう。前日に見えないとこに移動させることは、『誤S』なのにね。『誤S』は受け売りですから、ザブトン無用です。

ご紹介いただきありがとうございます。

>「秋の監査で次年度に改善するように指摘していた。だが、その翌年、担当マネージャーが異動してしまい、また同じ指摘をすることになった。そこで監査を三分割することにした。

少し補足すると …

目標にかかわる指摘(例:○○目標の実施計画に不足がある、とか、そもそも実施計画が無いとか)の場合は、それを10月ごろ指摘しても、既に次年度計画作りが控えていることから、「是正は来年度計画策定時に行う」 … ということになってしまいがちだ、と言う問題があったのです。複数のサイトで同様の指摘がありました。

>これまで1年に1回やっていた監査を時期をずらして三分割して実施する。

で、それ以前は、「品質(9月)」「環境(11月)」「個人情報(2月)」と年間三回の「個別監査」があったのですが、

これを統合システムにまとめる際に、

これまでも合計三回の監査があったのだから、「これ以上負担を増やすのか」ということにはならないだろうし、「監査三分割」によって実際に仕事がよくなれば、達成感も生まれるだろう … ということで統合監査・年間三回実施に至ったのです。

実施してみて、あるマネジャーが「もう逃げ道がなくなったか」と言ってましたが、一定の手ごたえは感じています。

但し、誤解が無いように … 私たちの組織は、内部監査を「組織風土の中にマネジメントサイクルを定着させるためのツール」と言う位置づけを行っていることから、このようなアプローチを採用しているのであって、

そもそも秋の監査で指摘されたことが確実に是正につなげられている組織であれば「無駄な手間暇」と思われるかもしれません。

迷える仔豚さんへ

>「相手にとって役に立つか」は押し付けにならないようにするという相当なテクニックが必要ですね。

私は、相手に対する尊敬もあると思いますが、いかがでしょうか。尊敬する相手なら聞く耳を持つというか。たとえば、今回のパネラーの中には審査員になったばかりの方もおられましたが、この方は非常にしっかりした考え方を持っておられたので、尊敬しました。

ですが、90年代は、審査員がやたら尊敬された時代なので、「審査員の言うことはすべて仰せの通り」という弊害があったことは、今回の研修会の冒頭、艦長さんが述べておられたとおりです。で、今は、そのリバウンドで、「審査員が尊敬されない時代」になっているのではないでしょうか。

いそいそフォーラムはこれまで、「審査員がやたら尊敬される時代」へのカウンターの役割を果たしてきたと思います。ですが、今は「審査員が尊敬されない時代」です。じゃあ、役割も変わってくるのでは? と思うのです。

イソハドーグさんへ

『誤S』・・・、サブトン出したかったのにィ・・・

イソハドーグです。
仔豚さんへのレスでしたけど、

>いそいそフォーラムはこれまで、「審査員がやたら尊敬される時
>代」へのカウンターの役割を果たしてきたと思います。ですが、
>今は「審査員が尊敬されない時代」です。じゃあ、役割も変わっ
>てくるのでは? と思うのです。

「審査員を根拠なく奉った時代」が終焉し、
「尊敬できる審査員と尊敬できない審査員を区別できる時代」に
なったといった方がいいんではないかな?
いそいその論客が「他界」していくことで、
「尊敬できる審査員」も増えていることですし…。(^^)

え"…iso??さんへ

解説ありがとうござました。
私が多国籍軍監査の同行取材をしたのが2005年9月ですから、もう3年になります。
久しぶりに、え"…iso??さんにお会いして驚いたのはますますパワーアップしておられること。
どこまで行くんでしょうねえ、この人、この組織、このマネジメントシステム!

仔豚@今日はまだ研修の名残モードです。

>私は、相手に対する尊敬もあると思いますが、いかがでしょうか。尊敬する相手なら聞く耳を持つというか。

純朴に尊敬をして妄信する人たちは「未だにたくさん」いてられると思います。むしろ「尊敬は危険」だと思います。

いそいそのメンバーは妄信した事で傷を負ってしまったことをきっかけにレジスタント活動に入った人が結構いますから。
(⇒それだけに、なぜ闘うと言われると困っちゃうのだけれど)

で、レジスタントには多少外れた事を言ったって大丈夫だと思います。尊敬するべきか、聞き流すべきか、闘うべきかの判断基準を持っていますから。

純粋な尊敬の結果、妄信してしまって、センセーのお言葉は100%正しいのだから全ての指摘にサインをしないといけないと思っている組織の人に同じ事をしたら危ない事になる可能性があります。
純朴なだけに「ケースバイケースですが」「適用できない時は出来ないって言ってくださいね」と言っても「センセーのおっしゃることに何の間違いがごぜーますことか」って無理をしてでもやっちゃいますから。

純朴な人たちの場合には、「組織のためになる」と思うことでも、慎重にしてもらわないと、混沌の海への出航を助けてしまうことになりかねないと覚悟して発言が必要だと思います。

中尾さんへ

過分なお褒めをいただき恐縮です ^^

参加の皆様へ … 感想ですが

例えば、我が家では、監査員は年間三日間の監査員研修で監査力量向上を「援助」します。

「援助」と書いたのは、監査力量向上の源泉は監査実践しかありえないと思うからです。

しかし、監査実践という「OJT」が源泉だとしても、集合研修のような「OffJT」が無ければ、力量強化の方向付けができないままに我流の発生等も起こります。

だから、どれほど監査経験を積もうと、このような集合研修を監査力量や監査マインドの方向付けの「軸」として大切にしていきたいと思うのですが … 実際に審査活動に携わっている方々の力量強化はどのようにされているのでしょう?

審査員に対する「尊敬」ということが語られています。尊敬できる審査員がいらっしゃること、そのような審査員に巡り会えたら幸運であること、尊敬できない審査員が少なくないこと … これらには異を唱えるものではないのですが

実際に問題になっているのは、「尊敬できるorできない」というレベルではなく、「審査員としての力量があるorない」ということなのではないでしょうか。

だから、審査機関は、審査員に対して「これが出来なければ審査員ではない」とか「審査員はこれをしてはならない」とかいったことを、どのように教育・訓練し、その教育・訓練をレビューしているのか … たいへん興味があります。

ついでに言えば、これをするためには、受審組織からのフィードバックが不可欠だと思いますが、組織の本音を引き出すためにどんな努力をしているのでしょうか … これについても興味があります。

これらの当たり前の努力を当たり前にやっていれば、起こるはずの無い問題がかなりな部分を占めているのではないか … そんな気がします。

コメントする

このブログ記事について

このページは、中尾優作が2008年11月 9日 22:43に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「家元さんに聞いてみた」です。

次のブログ記事は「豚まんのおっちゃん」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

最近のコメント

2010年3月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31